従業員を円満に合意退職させる方法とトラブルを防ぐポイントとは?
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令和元年8月の沖縄労働局の発表によれば、労働者から寄せられた個別労働紛争に関する相談が前年度の2025件から2493件に大幅に増加しました。内訳は、いじめ・嫌がらせが690件、解雇や自己都合退職、退職勧奨など離職に関する相談が960件を占めています。
能力面等に問題があり、これ以上一緒に働いてもらうことのできない従業員がいる際は、穏便に従業員との合意に基づき退職してもらうことがベストです。従業員に自発的に退職してもらうために、会社は従業員に自主的な退職を求めることになります。
しかし、会社からの従業員への働きかけがあまりにも執拗(しつよう)・強圧的なものであると、違法な退職勧奨を行ったとして、会社が従業員に対して損害賠償責任を負う可能性もあります。
今回は、合意退職の進め方やトラブル回避のポイントについて解説します。
1、合意退職とは
勤務態度や職務能力に問題のある従業員がいる場合、解雇を検討される会社も多いかもしれません。しかし、昨今では解雇するとその従業員から解雇権の濫用・無効を主張されトラブルになる可能性もあるので、そういったトラブルを防ぐためにも従業員に退職を促し、合意退職に持っていくことが望ましいと考えられます。
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(1)合意退職とは労使の合意による解約
合意退職とは、従業員・使用者双方の合意により、労働契約(雇用契約)の解約(退職)が成立することを指します。
従業員から解約を申し入れて会社側がこれに応じる形でも、会社側が退職勧奨を行って従業員が応じる形でも構いません。退職について労使双方の意思が合致すれば、雇用契約を解約できます。 -
(2)承諾後退職の申し入れは撤回できない
従業員から退職の申し入れをした場合、会社側が承諾の意思表示をするまでは退職申し入れの撤回ができます。従業員側が退職届を上司に提出しても、上司が「とりあえず預かっておく」として退職届が保留扱いになっている間は、従業員は退職の意思を撤回しても問題はありません。
ただし、一度会社側が従業員からの退職の申し入れを承諾した場合は、すでに雇用契約は解約されたことになるので、それ以降従業員は原則として退職申し入れの撤回ができなくなります。 -
(3)退職の意思確認は書面で行う
当事者間の合意は書面を取り交わさず、口頭でなされただけでも成立します。そのため、退職の意思表示やそれに対する承諾も、口頭で行えば足りることになります。
しかし、口頭で済ませてしまうと、退職の意思表示や、それに対する承諾の意思表示があったのか無かったのかが曖昧になることで、後から従業員が退職の意思を撤回するなどトラブルが発生する可能性もあります。退職の意思確認は口頭ではなくきちんと書面で行うべきだと言えるでしょう。 -
(4)解雇予告手当は不要
会社が従業員を解雇する場合は、退職日の30日以上前に解雇予告をしなければなりません。もし、退職日まで30日もない場合は、30日に不足する日数分の平均賃金額を解雇予告手当として支払うことも必要です。
ただし、合意退職が成立すれば解雇ではなくなるため、解雇予告手当の支払いが不要になります。
2、退職にはどんな種類がある?
退職にはさまざまな形がありますが、大きく分けて「自然退職」「合意退職」「辞職」の3つの種類に分けられます。ここでは、それぞれがどのような退職方法になるのか解説します。
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(1)自然退職
自然退職とは、ある条件が成就等したときに、従業員の意思に関係なく当然に労働契約が終了するものです。たとえば、有期雇用の契約期間満了や定年、本人の死亡、役員への就任がこれにあたります。就業規則では「退職」という項目で規定されていることが多くあります。
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(2)合意退職
合意退職とは、前述のとおり従業員の雇用契約解約の申し入れと、これに対する会社側の承諾の意思表示が合致することで、雇用契約が終了するものです。
一般的に、従業員が退職届を提出し、会社側がこれを受理するという形で行われるのが、合意退職です。 -
(3)辞職(自己都合退職)
辞職とは、会社側の意思に関係なく、従業員が一方的に退職の意思表示を行い、雇用契約を終了させることを言います。こちらの場合は、従業員が提出した退職届・辞表が会社側に到達して一定期間が経過すれば雇用契約が終了します。
3、合意退職が無効になる場合もある
従業員と会社側の意思が合致したとして合意退職に至っても、合意退職が無効とされる場合があります。無効とされると雇用契約は終了していなかったことになり、従業員は従業員としての立場を引き続き有することになります。どのようなケースの場合、合意退職が無効になるのでしょうか。
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(1)退職を承認した者に承認権限がない場合
まずは、従業員側から退職の申し入れがあり、上司が退職届を受け取って承諾したものの、その上司に退職の承諾権限がないケースがこれに該当します。
人事部長・総務部長などの役職者であれば特に問題にならないかもしれませんが、人事・総務部門以外の上長には権限が認められない場合があります。
過去には、常務取締役観光部長が退職届を受理したものの、当該部長には単独で退職を承諾する権限がなく、いまだ雇用契約は終了していなかったとして、従業員による退職届の撤回が有効と認められた事例がありました。(岡山電気事件・岡山地判平成3.11.19労判613号70頁) -
(2)正式に退職届が提出されていない場合
従業員から正式に退職届が提出されないなど、退職の手続きが取られていない場合は、退職の合意が成立していないとみなされることがあります。
過去の判例では、従業員が退職に向けて転職活動や業務の引き継ぎを行っていたものの、退職に関する書面が正式に交わされていないため、退職の合意は成立していると言えない、とされた事件があります。(フリービット事件 東京地判平成19.2.28 労判948号90頁) -
(3)会社側からの退職強要や脅迫行為があった場合
会社側から「○日までに退職届を出さなければクビだ」と退職を強要したり、従業員を会議室に長時間閉じ込めて罵倒したりするような行為があった場合、従業員から退職届を出されていたとしても合意退職が成立していないとされることがあります。
過去には、事務所経費で食品等を購入した従業員に「退職しなければ懲戒解雇か告訴する」と退職を強要し、従業員が退職届を提出した事例がありました。この事例で、裁判所は「従業員を畏怖させるに足りる脅迫行為なので、従業員の退職届は瑕疵(かし)ある意思表示として取り消し得る」と判断しました。(ニシムラ事件 大阪地決昭61.10.17 労判486号83頁)
4、合意退職を円満に進めるための流れ
従業員を合意退職させたとしても、後になって、従業員から合意退職の無効・取り消し等を主張されては元も子もありません。そこで、合意退職を円満に進めるための流れについて解説します。
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(1)必要な指導や教育を行う
従業員の態度や勤務成績が原因で退職させることを検討している場合、まずはその従業員に態度を改めてもらうよう、指導や教育を行うことが必要です。最初は口頭で注意するくらいでも良いかもしれません。しかし、一向に勤務態度が改まらないときは、裁判になったときに備えて、これまでの問題行動や改善点を記載した書面を交付したり、改善プログラムを実施したりすることが必要です。
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(2)配置転換を行う
職務能力の低さを理由に退職勧奨を行うことを考えている場合は、配置転換を行うのも良い方法です。その従業員の能力に見合った部署ではないために能力が発揮できていないのかもしれません。そのため、退職勧奨の前に配置転換も検討したほうが良いでしょう。
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(3)退職勧奨を実施する
教育・指導を行い、配置転換をしても従業員の態度が改まらないときは、最後の手段として退職勧奨(退職勧告)を実施します。このときは、従業員に「退職を強要された」と受け取られないよう、しっかりと準備をした上で穏便に話を進めることが必要です。
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(4)退職届を受理し、退職手続きを進める
会社側からの退職勧奨に対し、従業員が合意して後日退職届を提出してきたら、人事部長など承認権限のある上司が受理します。従業員の気が変わって退職の意思表示を撤回される可能性もありますので、早々に受理して退職手続きを進めましょう。
このとき、合意書を作成して、従業員の署名・押印ももらっておけば確実でしょう。
5、合意退職でトラブルを防ぐ5つのポイント
会社側から従業員に対して退職を促すと、その場では納得してもらえても、後々「不当解雇だ」「退職強要だ」と訴えられてトラブルになることも考えられます。会社と従業員との間で合意退職が成立し、円満に退社してもらうには、5つのポイントがあります。
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(1)威圧的な態度にならない
まず、会社側が従業員と退職に向けた話し合いをするときには、威圧的な態度にならないことが非常に重要です。「言った・言わない」の争いを防ぐためにも、一対一は避けたほうが良いですが、心理的な圧力を感じさせないためにも、会社側の人数は2~3人程度にとどめましょう。
また、従業員を呼び出す場所も広めの会議室を選び、話すときには落ち着いたトーンで話すよう心がけます。また、話し合いは1回1時間以内で終わらせるようにしましょう。 -
(2)退職日を数ヶ月後に設定する
従業員が退職の意向を示した場合でも、熟慮期間や転職活動期間を設けるために退職日は数ヶ月後に設定しましょう。あまり近い日に設定すると、会社都合でその従業員を早期に解雇したかったのではないかと受け取られる可能性もあるからです。
たとえば半年後に退職日を設定して、それまでに転職先が決まって退職日が繰り上がることになっても問題はありません。 -
(3)就業時間内の転職活動を認める
従業員は、退職すると経済基盤を失うことになるので、今後の生活のことが心配になるでしょう。会社都合退職にして失業手当を早く受け取れるようにするよりも、早く次の就職先を見つけられるようにするほうが従業員も安心するはずです。
そのためには、業務に支障をきたさない範囲内で、就業時間内での転職活動を認めるという一定の配慮も必要になってくるでしょう。 -
(4)退職金とともに解決金を支払う
退職金制度のある会社の場合は、従業員が合意退職する際に、退職金に数ヶ月分の給与を「解決金」として上乗せして支払うのも、トラブルを防ぐための方法のひとつです。
有給休暇が多く残っているようであれば、有給休暇を買い取る形でも構いません。ただし、その際は他の従業員に口外しない旨を、合意書に盛り込んでおくようにしましょう。 -
(5)従業員とのやり取りを証拠化しておく
退職に向けて会社側と従業員との間で行われたやり取りは、すべて文書化するなどして証拠化しておきましょう。そうすることで、後日争いになって労働審判や裁判になったときにも、「会社側ができることはすべて手を尽くしたので、その従業員の退職はやむを得なかった」「退職を強要した事実はない」と主張することができるでしょう。
6、まとめ
従業員の権利意識が高まってきた現代では、退職勧奨の方法いかんでは、後になって従業員側から退職の無効・取り消し等を主張される可能性があります。そういったトラブルを防ぐためにも、会社を辞めてもらいたい従業員がいる場合は、その従業員と話し合いを重ねて合意退職まで持っていくことをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所 那覇オフィスは、労働問題の経験豊富な弁護士が、円満に退職させる方法や従業員を合意退職に導くためのプロセスについてもアドバイスいたします。従業員の解雇をお考えの方は、解雇の手続きを取る前に一度ベリーベスト法律事務所 那覇オフィスまでご相談ください。
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